順調かと思われたダルディークの進軍を塞ぐ者が現れた。
島のほぼ中央に居城を構える国、ランストンの軍を指揮する『紅の軍師』がそうである。
紅の軍師とは、その名の示す通り真っ赤な服に身を包んだ軍師であり、その指揮能力は光軍一とされていた。
紅の軍師「左翼の部隊に伝令! 突出しすぎだ! 丘まで後退させろ!」
伝令「分かりました!」
紅の軍師「フフン! 所詮、バケ物の集まりだ。規律の取れた我が部隊に勝てるわけが無かろう」
伝令「報告します! 敵の部隊が後退を始めました! 部隊長が追撃許可を求めております!」
紅の軍師「ならん! 全部隊に伝達! その場で防御陣形をひき待機!!」
伝令「し、しかし…………」
紅の軍師「勝つ必要はない。あと3日、いや2日もてば、アフロースの大部隊が到着する。そうすれば、我々の勝ちは決まったも同然」
紅の軍師「しかし、いま勝ちすぎれば、ダルディークの本隊が出て来ることになる」
紅の軍師「そうなれば、負けはしないだろうが、かなりの被害が出るだろう」
紅の軍師「いいか、絶対に追撃は禁止だ! 本隊が到着するまではな!!」
伝令「分かりました!」
紅の軍師「ダルディークめ……貴様の命もあと2日だ」
しかし、その不自然な防戦一辺倒な戦いの真意を、ダルディークは見抜いていた。
ダルディークは夜になると大規模な夜襲をかけた。
その混乱の中、密命をおびた黒龍の騎士ザーシュが、紅の軍師が篭る城へと潜入した。
その密命とは、紅の軍師暗殺…………
ザーシュは城の2階の窓より、城内へと忍び込んだ。
その部屋に忍び込むと、ベッドに人が寝ているのに気付いた。
ザーシュは剣を抜くとベッドに近づき、一気にベッドの盛り上がりへと突き立てた。
ザーシュ「ん?」
ザーシュはもう一度、ベッドに剣を突き立てた。剣の手ごたえがまったくと言っていいほど無かったのだ。
ザーシュ「………………」
ザーシュは慌ててベッドのシーツをはぎ取った。
ザーシュ「お、おのれぇ……バカにしおって!」
ベッドに寝ていたのは、ただの縄で縛られたクッションであった。
そのクッションを憎々しくにらんでいたザーシュの表情が、緊張に変わった。
ザーシュ「謀られたか……」
ザーシュは、いまや部屋を取り囲む様にして立つ、十数人の気配を感じていた。
一方、そのころ…………
紅の軍師「フフフフフフ、ネズミめ。いまごろは袋叩きに合っている事だろう」
紅の軍師「それを考えると、今日のワインも一段と美味いな」
男の声「ネズミは一匹とは限らんぞ」
紅の軍師「なにっ!?」
紅の軍師「ぐはっ!」
ダルディークの剣が椅子ごしに紅の軍師の胸を貫いた。
軍師はワイングラスを落とすと、力なくゆっくりと崩れ落ちた。
ダルディーク「最後のワインだ。さぞや美味かった事だろうな」
ダルディークを戦術面で苦しめた紅の軍師にしては、実にあっけない最後となってしまった。
ダルディークが剣についた血を拭っていると、黒龍ザーシュが部屋に入って来た。
ザーシュ「ダ、ダルディーク様!」
ダルディーク「ご苦労だったな、ザーシュ。お前のおかげで軍師の部屋になんなく潜入出来た」
ザーシュ「いえ、それは別に……」
ダルディーク「何人殺った」
ザーシュ「じゅう……はち人です」
ダルディーク「そうか。どうりで疲れているわけだ」
ザーシュ「いえ、別に疲れては……」
ダルディーク「次の作戦は休め。どうも私は、お前を使いすぎてしまうようだ」
ザーシュ「いえ、それは光栄です」
ダルディーク「そうか。ともかくいまは休むことだ」
ザーシュ「分かりました」
紅の軍師の死により、統率を失った光軍は、本隊を待たずして敗北した。
アフロース率いる本隊の到着が、あと1日早ければ、ダルディークは敗れていただろう。
運命は、ダルディークに傾き出していた。